REVIEW
『ヘルズ・キッチン』、ハーストーリー(Herstory)から「私」の声へ
感覚の喚起によって描き直す成長譚
Credit
チェ・スンヨン(ミュージカル評論家
写真S&Co

ミュージカル『ヘルズ・キッチン(Hell’s Kitchen)』の根底には、1990年代ニューヨークのヒップホップ文化へとつながる自己表現の感覚がある。それは「ヒップホップ・スピリット」と呼ぶことができるだろう。周縁化された個人や共同体が、固有の言語とリズムによって自分自身を表現し、それを通じてアイデンティティを形成していく実践的な行為こそ、ヒップホップ・スピリットである。17歳の主人公アリのナレーションによって進んでいく本作は、彼女の人生そのものが「独自性を持つ声」であるというメッセージを、親しみやすく内省的な形で浮かび上がらせる。同世代の集団や学校という規範的な枠を抜け出し、ラテン系や黒人、ミックスルーツのアーティストらが暮らすマンハッタン・プラザの「エリントン・ルーム」で、人生のルーツやそれを形作る条件を探していくアリの旅路は、自身が属するコミュニティと音楽の中で新たな言語を獲得していく過程でもある。韓国初演でアリを演じるソン・スンヨン、キム・スハ、パク・ジウォンは、できる限りその精神に近づいてキャラクターを体現しようとしている。彼女たちにとって、1990年代ニューヨークのヒップホップは「想像の中の実体」だが、それをファッションや趣味を含めたアリ固有の言語として身体化しようと奮闘した痕跡が見て取れる。彼女たちの小さな仕草やアティチュードにさえ観客から歓声が上がるのも、そのためだ。
 
『ヘルズ・キッチン』の制作過程を知ると、作品に染み込んだヒップホップ・スピリットをより深く理解することができる。本作のアイデアは、アリシア・キーズの演劇制作の経験から始まった。2011年、リディア・R・ダイアモンドによるコメディー劇『スティック・フライ(Stick Fly)』で音楽と共同プロデュースを担当し、ステージにおける新たなストーリーテリングへのビジョンを抱くようになったアリシア・キーズは、その後、劇作家クリストファー・ディアスと演出家マイケル・グライフを、『ヘルズ・キッチン』プロジェクトに引き入れた。その成果が、2023年のパブリック・シアターでのトライアウト公演、2024年から2026年のブロードウェイ、シューベルト劇場での公演である。ブロードウェイへと劇場を移す過程では、物語の構図を変える決定的な選択も行われた。その結果、アリとナックの恋物語の比重は減り、シングルマザーのジャージーとの葛藤と和解が、作品の中心軸としてより強固なものとなった。クリストファー・ディアスは、この創作プロセスについて「アリシアはもちろん、演出家のマイケル・グライフ、振付家のカミーユ・A・ブラウン、そしてキャスト全員が、自由にスケッチし、実験できる美学的権限を持っていた。そのおかげで、制約ではなく劇的な解放感を味わうことができた」と説明している。今回の韓国初演となるレプリカ版(7月24日〜11月8日、GSアートセンター)はS&Coの制作で、協力演出をオ・ルピナ、協力音楽監督をヤン・ジュイン、協力振付をカン・ドンジュが務め、韓国プロダクションを率いている。

感情の過剰ではなく、感覚の喚起を
こうした自由さゆえだろうか。ミュージカル『ヘルズ・キッチン』韓国公演は、洗練された魅力的な第一印象を残す。客席を圧倒する音楽とダンスがステージを感覚的に拡張し、終盤のサウンドを照明と連動させて強調するソロナンバーの数々は、まるでポップコンサートさながらに演出されている。第1幕のナンバー「Girl on Fire」は、そのような特徴を代表する楽曲だ。アリシア・キーズが2012年にリリースしたR&Bポップバラードを、愛と音楽へ情熱を注ぎ始めるアリの心境を表すナンバーとして生かしている。原曲が、自らのアイデンティティを発見した「少女(this girl)」の変化を「火のついた状態」と表現したように、ナンバーが進んでいく中、アリはピアノレッスンを受け、その喜びを母親に誇らしげに語り、ナックとの関係にためらいなく突き進んでいく「過程」そのものとして描かれる。最後の音をハイノートへ引き上げ、アリの情熱を宣言するように強調する演出だけでなく、「燃え上がる」アリをハンドマイクでのラップパフォーマンスによって巧みにコントロールするタイニー役のイ・ミシェルの演技も印象的だ。
 
叙情的なナンバーもまた、洗練された姿に調整されている。アリシア・キーズの代表的なバラード「If I Ain’t Got You」が第2幕で使われるシーンは、特に客席へぬくもりを届ける。もともとこの曲は、飛行機事故によって22歳の若さで亡くなった歌手アリーヤを追悼するために作られたものだが、ミュージカルでは父と娘の関係を愛らしく、あたたかく描くナンバーとして新たな文脈で用いられている。『ヘルズ・キッチン』は、ジェンダーの観点から「女性たちの歴史(herstory)」を語る作品だ。母親(ジャージー)や、血縁を超えた母性を担う保護者兼メンターのミス・ライザ・ジェーンとの絆、そして、その「母たち」の情熱と精神的なレガシーをめぐる物語が作品の核をなすため、男性たち(ナックとデイヴィス)はやや後景へ退いている。思春期である10代の少女を描く物語において、父親や恋人をメインプロットとして扱っていないという意味だ。
 
「If I Ain’t Got You」のシーンがひときわ繊細に感じられる理由もここにある。この曲は、流浪のミュージシャンである父デイヴィス(K.Will、Tei)がアリの幼少期に作り、一緒に歌った歌として登場し、二人の関係が一時的に回復するファンタジックな瞬間を演出する。幸せだった過去がほんの一瞬、現実へと染み入るこのシーンは、実在と虚構が入り混じったハイブリッドな状態を生み出す。デュエットが終わるや否や、デイヴィスは再び彼女たちのもとを去り、アリはそんな父を淡々と受け入れるのだ。記憶の中に存在する感情は「実在」する一方で、それは現実とは無関係の「虚構」にすぎないと捉える本作の視点は、「不在」という形で存在する父デイヴィスとの関係を扱うための手がかりとなっている。原曲の英語詞を翻訳せず、ナンバーとしてそのまま使用することにより、感情の過多を避けたことも、この作品ならではの均衡を保つための選択だろう。

振付と演出/舞台コンセプトの調和
実のところ、ドラマトゥルギーの観点から見れば、『ヘルズ・キッチン』はシンプルで単調だ。アリシア・キーズの音楽は、目立って突出する部分もなくミュージカルとして新たな物語の中に置き直されているが、物語は「母と反抗期の娘による葛藤と和解」を、単純かつ時間をかけて正面から描く。しかし、シーンとシーンの間、そして各シーンの核となるストリートダンスが作品にアクセントを与え、リズムと流れを生み出す。R&B、ヒップホップ、そしてソウルフルなナンバーに合わせたコレオグラフィーは『ヘルズ・キッチン』の心臓となり、1990年代ニューヨークのエネルギーを荒々しく、生き生きと表現する。今回の韓国版プロダクションは、プロのダンサーで構成されたアンサンブルを追加し、ダンスそのものを公演の核としてより強固なものにした。人物の内面やシーンの目的を視覚化する、ダンス中心のシーンがとりわけ強く印象に残るのはそのせいだ。例えば「The Gospel」では、疾風怒濤の思春期を送るアリの内面をエネルギッシュな群舞で駆け抜けるように表し、「Gramercy Park」ではダンサーたちの顔や身体を影の中へ隠すことで、ナックの暗く分裂した内面世界を立体化した。また、アリが自らの音楽的才能を発見した瞬間、住民や友人たちから応援と支持を受ける「Kaleidoscope」の演出とダンスは、コミュニティにまつわる情動的な感覚を喚起し、深い印象を残す。
 
ロバート・ブリルによる金属フレームの格子を用いたステージは、こうした流れをスムーズなものにする。空間を垂直のフレームで区切り、多層的なエリアで歌唱やダンス、バンド演奏を同時に行えるようデザインされている。さらに、エレベーターでマンハッタン・プラザを上下に移動しながら音楽の感性を育んでいくアリの「垂直の動き」も、舞台デザインのコンセプトに沿って自然な形で実現している。人物の動きと物語の背景を美学的に統合しようという戦略がよく表れている。さらに見ていくと、舞台と演出のコンセプトが一致する様子も見て取れる。『RENT』(1996)、『Next to Normal』(2009)、『If/Then』(2014)、『Dear Evan Hansen』(2016)などを演出してきたマイケル・グライフのビジョンが、舞台デザインにも統合されている。現実に即した日常的な人物たちを金属フレームのステージ上に立たせて空間を形作り、人物のオーラと情緒が空間を支配するような方法で世界を描いていく。過剰な映像表現ではなく、フレームを人物のシグネチャーカラーで染めながら、その者の声や内面へ焦点を合わせる演出手法が、本作にも採用されている。

黒人女性、知恵を伝え、歴史をつなぐ
すでに述べたように、本作はアリシア・キーズの自伝的な物語にインスピレーションを得た作品で、アリと母ジャージー(パク・ヘナ、チェ・ヒョンソン)の関係を中心軸に据えて展開する。二人の間の葛藤はかなり深刻なものだ。思春期の少女アリは、ジャージーの過剰な干渉に何かと反発する。二人の関係は、人種問題と結びつくことで、いっそう深刻なものへと変化していく。白人の母と黒人の父の間に生まれた「ミックスルーツ」であるアリが、黒人のナック(パク・グァンソン、ハン・スンユン)と交際を始めるからだ。ナックは、黒人を潜在的な犯罪者として扱っていた当時の時代背景を暗示する人物であると同時に、デイヴィスとの燃え上がるような恋愛の末、わずか9か月で母親になったジャージー自身の過去を思い起こさせる存在でもある。
 
しかし、『ヘルズ・キッチン』の物語は、「黒人女性ミュージシャン」ミス・ライザ・ジェーン(チョン・ヨンジュ、キム・ヨンジュ)の存在によって、さらに深い次元へと展開する。年配のミュージシャンのライザ・ジェーンは、マンハッタン・プラザ1階のエリントン・ルームでアリにピアノを教え、人生の知恵を授けるメンターとして彼女に強い影響を与える人物だ。物語は最後に、ライザ・ジェーンのビジョンを一つの可能性として提示する。それを具体化するのが、第1幕のラストナンバー「Perfect Way to Die」と、第2幕の「Authors of Forever」だ。これら2曲がパフォーマンスされる間、ステージ中央の映像に登場する「実在する黒人たちの顔」は、『ヘルズ・キッチン』が作り上げた虚構の世界へ現実感を吹き込む。作品は、歴史上実在する人物たちを次々と映し出しながら、過去から未来へと一気に駆けていく。なかでも「Authors of Forever」で示される3人の黒人女性ミュージシャン、フローレンス・プライス(Florence Price)、マーガレット・ボンズ(Margaret Bonds)、ヘイゼル・スコット(Hazel Scott)の姿を通して、アリがこれから描いていく未来を象徴的に示す。彼女たちは、ミュージシャンとして成長していくアリの未来に輝き続ける星となり、アリはその系譜の上で「私だけの物語」によって、いまだ不完全な人生の様々な局面を突破していくというメッセージが、手に取るように鮮明に響いてくる。
 
最後に、『ヘルズ・キッチン』の韓国初演が投げかける問いについて、外的な面から考えてみたい。『ヘルズ・キッチン』が、劇中の「ニューヨーク」と母娘の物語をどのように文脈化しているかは、K-ミュージカルの制作にも示唆を与えるからだ。プロデュース全般に関わったアリシア・キーズとクリエイティブチームは、ニューヨークを特定の場所ではなく一つの「感情」として意味づけた。劇中で展開する母と娘の物語はニューヨークを舞台にしているものの、その物語が地域を越えて伝わるという信念があったからだ。しかし韓国公演において、アリとジャージーはあくまでも「彼女たち」だ。彼女たちにとって韓国人やソウルが「他者」であるように、私たちにとってもそれは同じことだ。したがって重要なのは、感情や普遍性の論理以前に、まず作品そのものが面白いかどうかである。『ヘルズ・キッチン』の魅力は、アリシア・キーズという象徴性と、ニューヨークの文化を洗練されたかたちで配置し、活用するところから生まれている。K-ミュージカルのビジョンも、まさにこの点からヒントを得ることができる。ソウル(あるいは特定の地域)で暮らす韓国人が、自分自身の空間に意味を与え、それを主体的なものにしてみせる方法が、作品にいっそうの魅力を加えるはずだという芸術的な想像力だ。「実在の価値についての我々の信念は、幻想によって形作られる。幻想を手放すということは、我々と世界との接触を手放すことだ」というスタンリー・カヴェルの言葉は、韓国ミュージカルの「現在」に、重要な問いを投げかけている。

Copyright ⓒ Weverse Magazine. All rights reserved. 無断転載及び再配布禁止