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文. カン・イルグォン(ポピュラー音楽評論家)
写真. Republic Records
ドレイク(Drake)のキャリアは記録の歴史に他ならない。正式なデビュー作を発表する前から目を引く足跡を残している。ミックステープ(Mixtape)収録曲でチャートの上位圏に入り、BETヒップホップ・アワーズ、MOBOアワーズ、MTVビデオミュージック・アワーズ等々、各種音楽賞の候補にまで挙がった曲(「Best I Ever Had」、「Successful」)。その結果、2009年から2010年にかけて登場した数多くのモンスター級の新人の中でも最もたくさんスポットライトを浴びた。以降10年を超える活動期間に多数のヒットシングルを立て続けに発表し、Spotify、Apple Musicをはじめとするデジタル音楽サービス・プラットフォームのストリーミングとダウンロードの記録を更新してきた。

その驚くべき前進は、9月に出たニューアルバム『Certified Lover Boy』で絶頂に達した。ビルボードHOT100チャートの10位以内になんと9曲が入った。1958年にHOT100チャートがスタートして63年、初の大記録だ。そのようにはっきり目に見える数値は、ドレイクの存在感を人並みはずれたものにしている。だが何よりすごいのは、音楽が及ぼす影響力だ。2010年代のスタートまであとわずかという頃、ヒップホップ界が音楽的に急激に変化していた最中に登場したドレイクの作品は、シーンに地殻変動を呼び起こした。彼が持つ武器は強力だった。当時では珍しく、ラップと歌を自由に行き来して、ウィットに富んだ作詞の実力まで兼備していた。

それをベースに彼が繰り広げて見せたメランコリックな音楽の世界は、一気にたくさんの人々を魅了した。憂鬱なムード、マイナー風のプロダクション、新鮮なシンギング−ラップ・スタイル、ドレイクの音楽はすなわちトレンドとなった。彼が最初からともに活動してきたプロデューサーの40(Noah ‘40’ Shebib)がサポートした2枚目のアルバム『Take Care』(2011)が決定的だった。それまでのヒップホップ・トラックと異なり、強く主張せず後ろに引いたドラム、シンセサイザーで作り出した感傷的で憂鬱なメロディライン、まるでアンビエント・ミュージックのようにサウンドの残響をかすかに広げたミキシングが調和したアルバムの中で、ジャンルの壁は完全に崩壊した。

『Take Care』を起点として、ドレイクの音楽はさらに自由奔放な方向に進んでいった。R&B、ダンスホール、ポップス、ハウス等々。彼はいつのまにかポップスターになり、トレンドを主導していた。加えて一部の歌詞は型破りだった。一例として、「Marvin’s Room」の中の「酔った勢いで、別れた女性に電話し困らせること」は、男らしさを主張する傾向が強いヒップホップ音楽ではなかなか聴けないコンセプトだった。音楽的にも、ヒップホップよりはオルタナティブR&Bやダウンテンポに近かった。

そのため、ヒップホップの根本を重視するリスナーやメディアから批判を受けたりもしたが、絶対多数の音楽ファンは熱狂した。時には酷いジョークさえ興行の役に立ったほどだ。ネット上でミーム(meme)の嵐を呼び起こしたシングル「Hotline Bling」(2015)の例が代表的だ。そのようにこれまで打ち立てた商業的な記録だけでも、ドレイクは同時代のアーティストがおいそれとは近づけない位置にまで上りつめた。ところがもっとすごい事実がある。彼はいわゆる「リアル・ヒップホップ(Real Hip Hop)」を掲げたラッパーたちと対等に張り合った唯一無二のポップラッパーだ。

ヒップホップの歴史の中では、多くのポップラップスターたちがハードコアラッパーたちから情け容赦ない攻撃を受けて倒れてきた。ポップラッパーたちのラップとプロダクションすべてがとても軽く幼稚で、大衆にウケやすいというのが理由だった。相対的にラップの実力が不足していた彼らは、優れたリリシズム(Lyricism)とフローで武装した「ポップ的ではない」ラッパーたちの攻勢になす術がなかった。だがドレイクはちがった。彼は他のラッパーたちの攻撃が加えられるたびに、バトルラッパー・モードに豹変した。ヒットシングルの歌詞で垣間見せたウィットは、ディスる相手を倒す強力な武器に進化した。今までかなり多くのラッパーたちがドレイクに恥を掻かせようとしたが、確実に勝利した事例はない。むしろ反撃を受け、キャリアに傷がついたりもした。だからといって、ドレイクをディスったラッパーたちが大した者ではなかったかと言うと、全くそんなことはない。代表的なところで、プシャ・T(Pusha T)、コモン(Common)、ミーク・ミル(Meek Mill)がいる。ラップの実力とキャリアすべてが抜きん出ていたのはもちろん、そこそこのラッパーであってもバトルを敬遠する存在だ。

リアル・ヒップホップかフェイク・ヒップホップかを問うのはもはや昔のことだと言う人もいる。だがそれはわかっていない人の話だ。ダス・エフェックス(Das EFX)のリアル・ヒップホップ賛歌「Real Hip-Hop」が出て26年も経つが、それは今でもヒップホップファンたちを熱くさせる最高のネタの一つであり、熱い論争の種だ。ドレイクが巻き込まれたビーフ関係の背景のほとんども、突き詰めれば「リアル・ヒップホップ対フェイク・ヒップホップ」の構図から始まっている。その中でも2012年に繰り広げられたコモンとのディス合戦は、多くのヒップホップファンを討論の場に引き込んだ。当時ヒップホップファンの意見は大きく二つに分かれた。

ドレイクの音楽はヒップホップではないと主張する者たちは、既存の方法論と伝統的な感性をベースに、変質したヒップホップを批判し、ジャンルの領域をもっと強固なものにすべきだという立場だった。一方ドレイクの音楽をヒップホップだと主張する者たちは、プロダクションとボーカルすべての部分でEDM、ハウス、R&Bと積極的に結びついて、ジャンルの境界が曖昧になった今の時代のヒップホップの変化を受け入れるべきだという立場だった。おそらく今後もドレイクには、絶えずそのような問いがついて回るだろう。同時に攻撃と非難を加える者たちが現れるだろう。しかし今まで見てきたように、彼は決して容易い相手ではない。ただラップの実力だけによるものではない。彼が構築した音楽の世界もまた、これまでの物差しで測って容易に貶めることのできない、特別な魅力がある。

ドレイクのニューアルバム『Certified Lover Boy』には、これまでの音楽スタイルと特徴が集約されている。彼が普段からやってきて、一番得意だと感じたであろうスタイルの曲で埋め尽くされた。ただ、ものすごい記録を作った反面、すばらしく特別な興味をそそる作品ではない。初めて彼をスターの地位に押し上げたミックステープ『So Far Gone』や、ヒップホップの境界についての熱い議論や問いを投げかけた『Take Care』の時に感じた新鮮さや喜びはない。堂々たるディスコグラフィの中で優位を占める作品でもない。だが、相変わらず洗練され、楽しく聴くことのできる曲が収録されている。

特に今までよりも攻撃的で男っぽさを打ち出している点が目立つ。そのような姿勢は、ここ数年の間に彼が行ったいくつものディス合戦と不和から始まったものではないかと思う。ドレイクは敵と仲間をはっきりと分けて、敵には怒りを、仲間には友情を示す。タイトルからして露骨な「No Friends In The Industry」と「7am On Bridle Path」は、最も注目すべき曲だ。かけがえのない大切な味方から敵になったカニエ・ウェスト(Kanye West)に対する敵意が光る。たとえカニエの名前を出して敵視してはいなくても、誰が聴いてもカニエを標的にしているのがはっきりとわかるラインがある(「運転手に住所を告げ、目的地にすればいい。自暴自棄になってSNSなんかに載せるのではなく/Give that address to your driver, make it your destination」)。既に数多くのファンやメディアが既成事実化して話題になっている最中だ。そのように『Certified Lover Boy』では、失恋のつらさに不器用に振る舞う「Marvin’s Room」や滑稽なダンスを踊る「Hotline Bling」のドレイクを見ることはできない。

そうかと思えば1曲目の「Champagne Poetry」は、プロダクションの面で一番興味深い。多重サンプリングの神髄を聴かせてくれる。まずビートの骨子はビートルズ(The Beatles)の「Michelle」だ。「I love you, I love you, I love you」のフレーズを引用し、ループ(Loop)させた。だが直接のサンプリング対象は、2007年に先に「Michelle」の同じ部分を引用したマセーゴ(Masego)の「Navajo」という曲だ。つまりビートルズの「Michelle」をサンプリングした「Navajo」をサンプリングしたマセーゴの「Navajo」をさらにサンプリングしたわけだ。ドレイクは尊重の意味で元の著作権者であるビートルズのジョン・レノン(John Lennon)とポール・マッカートニー(Paul McCartney)を共同作曲家として表記した。そこで終わりではない。曲は2分を超えたところで印象的に変奏される。もう一つの主なサンプリング素材は、ゴスペルグループ、ガブリエル・ハーデマン・デリゲーション(Gabriel Hardeman Delegation)の「Until I Found the Lord(My Soul Couldn’t Rest)」だ。静かに上がってきた原曲のコーラスが全面に出て第二のビートが始まり、穏やかに始まった「Champagne Poetry」は、ソウルフルな雰囲気に満ちて締めくくられる。

最初の公式ミックステープ『Room for Improvement』を発表したのが2006年なので、ドレイクがデビューして15年も経った。リスナーやメディアの関心を集め始めた『So Far Gone』(2009)の時から数えたとしても10年を超えるキャリアだ。これまでアルバムの完成度は上がり下がりしたとしても、彼の人気が下がったことはない。それほど人を惹きつけるアーティストとしての魔力がある。だからだろうか。私にはドレイクは海千山千の経験豊富なベテランというよりは、まだこれからぶつかっていかなければならないことがたくさんある新人ラップスターのように感じられる。