
現地時間6月24日、アメリカ連邦最高裁判所が、女性の妊娠中絶の権利を憲法に基づく基本的人権として保障した記念碑的な判決「ロー対ウェイド(Roe v. Wade)」を49年ぶりに覆した。パンデミックの影響で3年ぶりに開かれたイギリスの世界的音楽の祭典グラストンベリー・フェスティバル(Glastonbury Festival)は、その日からアメリカ連邦最高裁に対する巨大な糾弾の場となった。初日のヘッドライナーとしてステージを披露したビリー・アイリッシュが公演の途中に言ったように、この日は「アメリカの女性にとってあまりにも暗鬱な日(dark day for women in the US)」だった。
翌日には、「drivers license」、「good 4 u」でディズニー・スターから全世界のZ世代の象徴の座についたオリヴィア・ロドリゴが、断固たる発言を引き継いだ。グラストンベリー・アザーステージ(The Other Stage)でゲストのリリー・アレン(Lily Allen)を紹介したオリヴィアは、「ロー対ウェイド」判決破棄に賛成した最高裁判事たちの名前を一人一人呼び上げた。
「今回の判決で命を失うかもしれない数多くの女性と少女たちを思うと、あまりにも恐ろしく、ショックです。次に歌う歌は、自由に対して全く神経を使っていないアメリカの5人の最高裁判事に捧げる曲です。サミュエル・アリート、クラレンス・トーマス、ニール・ゴーサッチ、エイミー・コニー・バレット、ブレット・カヴァノー。私たちはあなたたちが嫌いです」。勘の良いファンたちは次の曲が何か、容易に当てることができた。リリー・アレンの2009年のシングル「F**k You」だった。
イエスが十字架に釘打たれ血を流して、3日後に復活した日曜日のグラストンベリーのヘッドライナーは、2022年最高のアルバムに挙げられる『Mr. Morale & The Big Steppers』のケンドリック・ラマーだった。いばらの冠をかぶり、情熱的なパフォーマンスを披露したケンドリック・ラマーは、最後の曲「Savior」を熱唱して、ダンサーたちとともにステージにすくっと立ったまま、ぎゅっと目を閉じた。いばらの冠から赤い血が流れ落ち、白いシャツをぐっしょり濡らす中、ケンドリックは誰も聴いたことのなかったたった2フレーズを、声が枯れるほど叫んでマイクを投げ、退場した。
「女性の権利に神の祝福あれ。あの人たちはあなたを裁き、イエス・キリストを裁く(Godspeed for women’s rights, They judge you, they judge Christ.)」。フェスティバルの間中「ロー対ウェイド」判決に対する抵抗のメッセージを聞くことができた。フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)、ロード(Lorde)など、数多くの女性シンガーソングライターが「F**k the Supreme Court」を叫んだ。バンド、アイドルズ(Idles)のジョー・タルボット(Joe Talbot)は、「アメリカが中世の時代に戻った」と声を上げた。今年のグラストンベリー・フェスティバルは、海の向こうのアメリカ連邦最高裁の今回の判決が、全世界にどれほど重大な脅威であるかを気づかせる、政治的祝祭の機能を充分に果たした。
「ロー対ウェイド」は1973年のアメリカ連邦最高裁の判決だ。テキサス州の中絶禁止法により妊娠中絶手術を拒否された匿名の女性(Roe)が違憲訴訟を提起し、テキサス州の検事ヘンリー・ウェイド(Henry Wade)を相手に違憲判決を引き出した。「憲法修正第14条第1節適法手続きに基づき、妊産婦は妊娠中絶手術の可否を決定する私生活の権利がある」という「ロー対ウェイド」判決は、アメリカ社会における女性の権利を象徴する記念碑的な瞬間であり、以降49年の間大きな議論を巻き起こしてきたテーマだった。保守系の最高裁判事たちは、長い間それぞれの立場で周到綿密に「ロー対ウェイド」判決を覆そうと心血を注ぎ、進歩系の最高裁判事たちは、女性の権利を守護する判決の約束を守るために努力してきた。
最近のアメリカの政治の傾向を絶えず観察してきた人々は、「ロー対ウェイド」判決が危ういという事実を知っていた。アメリカ連邦最高裁は、アメリカ大統領が指名し、アメリカ上院議会の同意を得て就任する最高裁判事9名で構成されている。最高裁判事は終身の任期を保障されているため、判事の保守及び進歩の傾向が特に重要なのだが、2022年現在共和党出身の大統領が指名した判事6名に、民主党出身の大統領が任命した進歩系の判事3名と、保守主義的な性格が強い。何よりも「ロー対ウェイド」判決を覆す判事を任命すると明らかにしたドナルド・トランプ前大統領が、任期中にニール・ゴーサッチ、ブレット・カヴァノー、エイミー・コニー・バレットの3名を任命し、約束を守ったことが決定的だった。
去る5月2日アメリカの政治専門メディア「ポリティコ(Politico)」が「ロー対ウェイド」判決破棄の草案を流出した時には、すでに引き返すことのできない川を渡った状況だった。だが実際に判決結果がもたらした衝撃は、想像以上に大きかった。アメリカ連邦最高裁は、「ドブス対ジャクソン女性健康機構(Dobbs v. Jackson Women’s Health Organization)」判決により、妊娠15週以降の中絶を禁止したミシシッピー州法に、6対3で合憲判決を出した。
結果発表と同時にアメリカの主要メディアは、国家災難状態に準ずるリアルタイムの報道を次々と流した。妊娠中絶権賛成論者と反対論者たちの喜びと悲しみが行き交う中、確かなことは一つだった。アメリカの女性の人権、さらには多くの社会的弱者たちの権利が深刻に後退したという事実だった。
強硬保守系に分類されるクラレンス・トーマス判事は、判決の「別個の見解」を通して「グリスウォルド対コネチカット(Griswold v. Connecticut)」、「ローレンス対テキサス(Lawrence v. Texas)」、「オーバーグフェル対ホッジス(Obergefell v. Hodges)」判決など、「明白な誤り」のある判決のミスを修正すべきだという意見を示した。「グリスウォルド対コネチカット」は州政府が夫婦の避妊決定に関与できないという判決、「ローレンス対テキサス」は「正常ではない性関係禁止法」を廃止した判決、「オーバーグフェル対ホッジス」は同性結婚合法を公表した判決だ。「ロー対ウェイド」判決は始まりに過ぎない。アメリカ連邦最高裁が歴史の時計の針を巻き戻しているという恐怖感に襲われる。
最高裁の決定を待っていたかのように、アメリカの50の州のうち13の州が、直ちに中絶を禁止する「トリガー法」を準備しているというニュースが聞こえてきた。妊娠可能な年齢の女性のうち3,600万人が中絶禁止の州に居住していることになるわけだ。アメリカ人の過半数以上が「ロー対ウェイド」判決を覆したことが間違いだったと感じているが、大衆の意見は裁判所にまで届かなかった。
グラストンベリー・フェスティバルのステージに立った人たち以外にも、数え切れないポップスターが「ロー対ウェイド」判決破棄について憤怒と憂慮の混じった声を上げ、傷ついた人たちを励ましている。テイラー・スウィフト(Taylor Swift)は、元アメリカ大統領夫人ミシェル・オバマ(Michelle Obama)がTwitter上で立場を明らかにした文章をリツイートし、「数十年間女性たちが体についての自身の権利のために闘争してきたが、剥奪された」という憂慮の声を上げた。バンド、グリーン・デイのボーカル、ビリー・ジョー・アームストロングは行動で示した。ロンドン・スタジアムでのコンサートで、きつい罵りとともに、アメリカ市民権の放棄とイギリス移住を宣言した。
「ロー対ウェイド」判決の余波に備える動きも鮮明になっている。リリー・アレンとともに「F**k You」を歌ったオリヴィア・ロドリゴの場合、彼女の公式ファンアカウントlivieshq(@livieshq)がアーティストの行動を後押しするために、全米家族計画連盟のための基金募集を始めた。「Juice」、「Truth Hurts」とともにボディ・ポジティブ(Body-Positive)運動を展開し、女性の自負心について盛んに訴えてきたアーティスト、リゾ(Lizzo)は、妊娠中絶権団体のために100万ドル相当を寄付すると約束した。
高邁な最高裁判事たちの耳には、ポップスターたちと切実なマイノリティたちの叫びが聞こえるはずがない。彼らの勇気ある叫びは、暗い時代を照らす灯火の役割として充分価値がある。アメリカ最高裁判事たちは終身の任期を保障されている。ミュージシャンたちは、最高裁判事を変えることも、「ロー対ウェイド」判決の反転を覆すこともできない。だが世界の女性の人権を剥奪したアメリカ連邦最高裁判事の名前は、歴史の中に汚名として永遠に記録されるだろう。一方大衆と志を一にするポップスターたちは、勇気あるひと言を通して、挫折したマイノリティたちに一筋の希望の光を当てる偉人として名誉を得ている。音楽が暗鬱な時代を救う。
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