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『地球の雑学辞典』がクリストファー・ノーランに投げかけた問い
今週のバラエティー、音楽、本
2023.08.18
Credit
文. ソン・フリョン、カン・イルグォン(RHYTHMER、ポピュラー音楽評論家)、キム・ギョウル(作家)
デザイン. チョン・ユリム
写真. tvN
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© tvN
『知っておいても役に立たない地球の雑学辞典』(tvN)
ソン・フリョン:tvNのトーク番組「知っておいても役に立たない」シリーズが、『知っておいても役に立たない地球の雑学辞典』(以下、『地球の雑学辞典』)として戻ってきた。今年1月まで放映していた『知っておいても役に立たない神秘的な人間雑学辞典』に続く『地球の雑学辞典』は、「地球おしゃべり紀行」というコンセプトを掲げ、MCを担う映画監督チャン・ハンジュンと俳優キム・ミンハをはじめ天文学者のシム・チェギョン、物理学者のキム・サンウク、建築家のユ・ヒョンジュン、映画評論家のイ・ドンジンが、世界の様々な都市をテーマに語り合う番組だ。彼らは最初の目的地ニューヨークで、「ブルックリン橋の銘板に隠された秘密は?」、「ウォールストリートにあった塀の正体は?」といった問いに始まり、歴史や戦争、環境、人物など幅広い話題について語り合う。初回から撮影時間をフルに使っても語りたりなかったという専門家たちの「おしゃべりビッグバン」は、映画『オッペンハイマー』の監督クリストファー・ノーランが出演した第2回で「知っておいても役に立たない」シリーズの長所を遺憾なく発揮する。それぞれ異なる領域で専門性を持つ彼らは、『オッペンハイマー』をはじめとするクリストファー・ノーランの作品世界を多様な観点から眺める。キム・サンウクは科学者の社会的責任を、キム・ミンハはキャラクターに命を吹き込む俳優の役割を、シム・チェギョンは複雑で捉えがたい人間を理解する方法について尋ねる。このような質問は、一般的なインタビューではなかなかお目にかかれない。初回で映画『オッペンハイマー』から原子爆弾の原理、第2次世界大戦に至るストーリーを解説し、第2回では作品を通じてオッペンハイマーとクリストファー・ノーランという人物にアプローチするプロセスは軽快で楽しい一方、人間と世界について今いちど考えさせる構成になっている。このトークショーが自ら「知っておいても役に立たない」を自称するのは、知ろうとするには難しく複雑に思えるテーマへの負担感を減らすためのアイデアであり、多様な専門家の観点から生まれる会話を聞いているうちに、視聴者も彼らの観点に沿って考えるきっかけを得ることになる。「知っておいても役に立たない」知識かもしれないが、意味ある思考の時間をもたらすこと。「知っておいても役に立たない」シリーズが2017年以降、第7シリーズまで続いている理由ではないだろうか。
R.I.P『シュガーマン 奇跡に愛された男』ロドリゲス
カン・イルグォン(RHYTHMER、ポピュラー音楽評論家):かつて、『シュガーマン』というテレビ番組があった。「韓国歌謡界において一世を風靡したが、いつの間にか消えてしまった歌手を探す」バラエティーで、2015年から2020年にかけてJTBCで放送された。この「シュガーマン」というワードは、2012年に公開されて話題になったドキュメンタリー『シュガーマン 奇跡に愛された男』から取ったものだ。芸能界では、いっとき人気を得たものの一発屋に終わったスターをシュガーマンと称したが、元祖シュガーマンであるロドリゲス(Rodriguez)は、単なる一発屋とは言いがたい謎に包まれたアーティストだった。メキシコからの移民労働者を両親に持つ彼は、米国でミュージシャンとしてのキャリアを始めたが、散々な失敗を味わった。1970年と1971年の2年間で発表した2枚のアルバム『Cold Fact』と『Coming from Reality』は衝撃的な販売量を記録し、レーベルの倉庫行きとなった。アメリカでは誰も知らないシンガーソングライターだったロドリゲス。ところが、地球の反対側にある南アフリカでは、エルビス・プレスリーよりも有名なスーパースターになっていた。
1970年代の南アフリカは、極端な人種差別政策であるアパルトヘイトによって暗澹たる時期にあった。そのとき偶然流れ込んできたロドリゲスのアルバム『Cold Fact』が、反アパルトヘイト運動に身を投じる若者の間で爆発的な人気となった。なかでも彼のニックネームになった曲「Sugar Man」は、闘争の賛歌さながらに歌われた。しかし、皮肉にもロドリゲス自身はその事実を全く知らずにおり、南アフリカにおいても彼の音楽以外にその存在を知る者はいなかった。現在のようにネット検索ひとつで情報を得られる時代ではなかったのだ。ロドリゲスが自殺したという噂まで飛び交う中、2人の熱狂的ファンが真実を明らかにするために彼の痕跡を探しはじめる。『シュガーマン 奇跡に愛された男』は、この信じられない現実と、真実を探すプロセスがありのままに収められたドキュメンタリーだ。肉体労働もいとわず平凡に生きるロドリゲスがカメラの前に姿を現した瞬間、そして1998年にようやく自身の人気を知り、初の南アフリカ公演で生まれて初めて多くの観客の歓声に向かい合った彼とその家族の顔に感動が浮かぶ場面は、人々の胸を震わせた。そんな彼が、去る8月8日に死亡した。享年81歳だった。正確な死因は明らかにされていないが、彼の娘によると直近の数年で2度の脳卒中を起こしていたという。埋もれた無名のフォークロックシンガーから、南アフリカ音楽界のレジェンドになった悲運のアーティスト「シュガーマン」ロドリゲスは、その辺の映画よりもよほど非現実的な人生と物語、そして感動的な音楽を残してこの世を去った。彼が空の上で安らかに過ごせることを願う。
Sixto Diaz Rodriguez
1942.7.10~2023.8.8
Rest In Peace
『あまりに多くの夏が』 - キム・ヨンス
キム・ギョウル(作家):小説家についての最もよくある印象はこうだろう。部屋の隅で寂しく紙やタイプライター、もしくはノートパソコンに向き合っている人物。とある日は文章を書いていたかと思えば頭をかきむしり、またある日は大きなカバンをかついで取材に向かう人物。そうして修正を重ね、物語を完成させて発表すると、トークイベントに出ることもある人物。しかし、キム・ヨンスの今回の短編集はそのような印象とは程遠い。朗読するための小説を書き、トークイベントの依頼をしてきた相手に、逆に朗読会を提案する。そうして整えられた場で30分間小説を朗読し、休憩時間にはあらかじめ選んでおいた音楽を流し、一瞬一瞬の読者たちの反応を感じる。ある読者は最初の一文を朗読した瞬間から涙をこぼし、読者たちは難解かと思われた小説に誰よりも集中した。そうやって描かれた生の瞬間は、短くて強烈だ。ある日突然「目覚め」、与えられた人生から抜け出す人物や、夢の中だけで借りることができる新しい小説、もはやここにはいない愛する犬がいる。「ただ、理由のないやさしさで」書かなければならないという心は、ただただ過ぎ去っていく生を確かに捉えているように見える。
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