
新しいアルバム『Austin』にしてもそうだ。ラップの代わりにメロディーが、トラップビートの代わりにギターがアルバム全体をリードしている。収録曲の大半には耳に残るポップなサビが取り入れられている。またマローンはすべての曲でギターを担当しており、複数の曲でドラムやピアノ、ベースを務めてもいる。ギターで曲を作り続けたいという彼の望みが実を結んでいることが分かる。もちろん以前から、歌唱とメロディーは彼の音楽の主軸をなす要素だった。ラップスタイルに関しても定石といえるラッピングではなく、ラップシンギングを駆使してきた。また、前作である2022年の『Twelve Carat Toothache』はこれまでになくポップとR&Bがプロダクションの中心となっていた。しかし今回、100%の転換が起こっていた。
ボーカルの面では歌唱がラップに取って代わり、シンセポップをはじめ、80年代ポップや90年代のオルタナティブ・ロックの影響が感じられる音楽が収められている。キャリア史上初めて一切のフィーチャリングを排したことで、一抹のラップ/ヒップホップ要素さえ見当たらない。「Chemical」、「Speedometer」、「Overdrive」、「Laugh It Off」といった曲を聴いてみれば分かる。「俺をバカにしたらウージー(機関銃)を持って来るぞ(Fuckin' with me, call up on a Uzi ‐「Rockstar」)」と吠えていたラッパー、マローンの姿はどこにもない。
それゆえ『Austin』は、ヒップホップからポップやロックへと徐々に変化を経たマローンの音楽世界が、新たな転機を迎えた瞬間を記録した作品になっている。ダークで重いテーマを相反するムードのプロダクションに乗せ、絶妙な感慨をそそる得意技もピークに達している。マローンは悲しい内面をハッピーな外面で覆うことに長けたアーティストだ。リードシングル「Chemical」がその良い例だ。相互依存的な関係の不安定さと一種の自己嫌悪が入り混じった陰鬱な歌詞に、シンセポップとポップ・ロックを配合した明るいプロダクションを施している。
直近のシングルとして発表された「Enough Is Enough」も同様だ。これは、マローンがこよなく愛する酒、正確に言えば過度の飲酒に対する反省と自省が込められた楽曲だ。その苦しい情景が、カントリーで始まってトト(Toto)スタイルで終わる爽やかでメロディックなプロダクションに調和する。自己嫌悪を見せつつも、相手がどれだけ自分のことを好きなのか問う1曲目の「Don't Understand」でも、このような矛盾した感情が表れている。『Austin』に収録された音楽は、今のマローンが向かう場所を明確に示している。
今日、ヒップホップシーンを超えて全方位的な人気を獲得したラップスターを見つけるのは難しいことではない。しかし、ポスト・マローンのようにジャンルの境界を大胆に行き来したり、アーティストとしてのアイデンティティーの変化を伴いながらも評価と人気を維持するケースは滅多にない。これは、既存のヒップホップスターたちの事例とかけ離れたポジションだ。
ポスト・マローンは今や、耳を虜にする強力な楽曲と、多様なジャンル、そして固有のカラーを備えたポップスターだ。トラップの上でラップシンギングを行う「ホワイト・アイバーソン・ロックスター」に戻ることを願う者も多くいるだろうが、180度変わった今もまた、マローンの正直な姿だ。「自分が求める何かを作りたいという純粋な目的」は、依然として変わっていないのだから。
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