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ENHYPENのデビューアルバムはもう聴きましたか?
『BORDER:DAY ONE』を楽しむ三つの方法
2020.12.01
境界線を越えてENHYPENがやって来る
カン・ミョンソク:ENHYPENを知るためには、彼らがデビューに至る過程を見せた番組「I-LAND」や、ヴァンパイアの話と見てとれる世界観が盛り込まれた映像を、先に見ておく必要まではない。アルバム『BORDER:DAY ONE』のタイトル曲「Given-Taken」のパフォーマンスを見れば、境界線を越えて彼らの世界に入っていくことができる。ぎゅっと集まっていたメンバーたちが、花のつぼみが開くように広がっていく導入部から始まり、7人のメンバーたちは、歌詞がまるで台本であるかのように、パフォーマンスを通して演技する。曲の最初の歌詞「Wake up in day one」で、HEESEUNGが「Day one」を示すように指を一本立て、歌詞が「その光は僕を燃やした」につながる時、JAYがあたかも死んでいくかのようによろめく。JAKEが「あの空を僕たちは待ってきた」と歌って走りながら空を指す間、パートを受け持っていない他のメンバーたちは、彼が進む道を作る。メンバーたちの各パートは、彼らが主人公として演技する瞬間であり、他のメンバーたちは演技の背景を作る。メンバーの体で、ストーリーとミゼンセーヌ(舞台装置)をすべて表現する舞踊劇。「細い線の向こうの僕を呼ぶ君」で、6人のメンバーは体で境界線と背景を作り、残りの1人を通り過ぎていく。続いて「君を呼ぶ僕」と歌う瞬間、背景を務めていたメンバーたちは、演技者のメンバーの方に集まり、彼に触れ、立ち上がらせる。演技者と背景に分かれていたパフォーマーたちが、ひとつにつながる瞬間、続くのは、演技、背景、舞踊の境界を崩した演出から、カタルシスを迎えるメンバー全員の群舞だ。
サビのハイライトで、メンバーたちはひと塊になって、まるで野獣がのそりのそりと歩くように、ゆっくり歩く動作を見せる。再び同じメロディーが繰り返されると、ミュージカルで俳優たちが陽気に躍る時にしそうなディスコ風な動きで、ゆっくり躍る。その間をつなぐのは、K-POPで時折見られる動きだ。ひとつのサビの間にいくつかのジャンルのピースが混じっているが、この動きは、重くゆっくりとした雰囲気の中で、速度の差で呼吸を変える音楽の流れに合わせ、一貫した雰囲気を形成している。映画『トワイライト』よりは、むしろ40年前の狼男を題材にした映画『Nazareno Cruz and the Wolf』を連想させる古典的なリフを中心に、トラップ・ビートが支えるサウンドは、深い夜の平原のような、暗くて広い空間を感じさせる。そしてENHYPENのパフォーマンスは、むしろサビでゆっくりともの悲しく、「運命の矢の雨」に降られ、「白い牙」を持つ存在の登場を見せる。ジャンルの区分は無意味であり、明らかにちがう要素が加わることによって、時代的な背景はわからないが、情緒的な雰囲気は明確な何かを見せる。それは、ヴァンパイアの生き方を、K-POPのステージの上で、古典悲劇の雰囲気を持つ舞踊に置きかえたものだとも言えるだろう。BTSは「Black Swan」で、K-POPの一般的なランニング・タイムの中で、ヒップホップ・ビートをベースに、現代舞踊的な要素を表現した。K-POPが、ジャンルというよりは、それぞれちがった形式とストーリーを持つ個別の作品を盛り合わせた、ひとつの器になったことを見せた瞬間だった。そして、いわゆる「第4世代アイドル」に属するENHYPENは、境界がもはや無意味となったステージの上で、牙を持つ存在の悲劇的な始まりを見せる。ENHYPENを全く知らなくても、パフォーマンスを見ればすぐにわかるという話だ。正体のわからない少年たちが、狼のように近づいてくる。
カン・ミョンソク:ENHYPENを知るためには、彼らがデビューに至る過程を見せた番組「I-LAND」や、ヴァンパイアの話と見てとれる世界観が盛り込まれた映像を、先に見ておく必要まではない。アルバム『BORDER:DAY ONE』のタイトル曲「Given-Taken」のパフォーマンスを見れば、境界線を越えて彼らの世界に入っていくことができる。ぎゅっと集まっていたメンバーたちが、花のつぼみが開くように広がっていく導入部から始まり、7人のメンバーたちは、歌詞がまるで台本であるかのように、パフォーマンスを通して演技する。曲の最初の歌詞「Wake up in day one」で、HEESEUNGが「Day one」を示すように指を一本立て、歌詞が「その光は僕を燃やした」につながる時、JAYがあたかも死んでいくかのようによろめく。JAKEが「あの空を僕たちは待ってきた」と歌って走りながら空を指す間、パートを受け持っていない他のメンバーたちは、彼が進む道を作る。メンバーたちの各パートは、彼らが主人公として演技する瞬間であり、他のメンバーたちは演技の背景を作る。メンバーの体で、ストーリーとミゼンセーヌ(舞台装置)をすべて表現する舞踊劇。「細い線の向こうの僕を呼ぶ君」で、6人のメンバーは体で境界線と背景を作り、残りの1人を通り過ぎていく。続いて「君を呼ぶ僕」と歌う瞬間、背景を務めていたメンバーたちは、演技者のメンバーの方に集まり、彼に触れ、立ち上がらせる。演技者と背景に分かれていたパフォーマーたちが、ひとつにつながる瞬間、続くのは、演技、背景、舞踊の境界を崩した演出から、カタルシスを迎えるメンバー全員の群舞だ。
サビのハイライトで、メンバーたちはひと塊になって、まるで野獣がのそりのそりと歩くように、ゆっくり歩く動作を見せる。再び同じメロディーが繰り返されると、ミュージカルで俳優たちが陽気に躍る時にしそうなディスコ風な動きで、ゆっくり躍る。その間をつなぐのは、K-POPで時折見られる動きだ。ひとつのサビの間にいくつかのジャンルのピースが混じっているが、この動きは、重くゆっくりとした雰囲気の中で、速度の差で呼吸を変える音楽の流れに合わせ、一貫した雰囲気を形成している。映画『トワイライト』よりは、むしろ40年前の狼男を題材にした映画『Nazareno Cruz and the Wolf』を連想させる古典的なリフを中心に、トラップ・ビートが支えるサウンドは、深い夜の平原のような、暗くて広い空間を感じさせる。そしてENHYPENのパフォーマンスは、むしろサビでゆっくりともの悲しく、「運命の矢の雨」に降られ、「白い牙」を持つ存在の登場を見せる。ジャンルの区分は無意味であり、明らかにちがう要素が加わることによって、時代的な背景はわからないが、情緒的な雰囲気は明確な何かを見せる。それは、ヴァンパイアの生き方を、K-POPのステージの上で、古典悲劇の雰囲気を持つ舞踊に置きかえたものだとも言えるだろう。BTSは「Black Swan」で、K-POPの一般的なランニング・タイムの中で、ヒップホップ・ビートをベースに、現代舞踊的な要素を表現した。K-POPが、ジャンルというよりは、それぞれちがった形式とストーリーを持つ個別の作品を盛り合わせた、ひとつの器になったことを見せた瞬間だった。そして、いわゆる「第4世代アイドル」に属するENHYPENは、境界がもはや無意味となったステージの上で、牙を持つ存在の悲劇的な始まりを見せる。ENHYPENを全く知らなくても、パフォーマンスを見ればすぐにわかるという話だ。正体のわからない少年たちが、狼のように近づいてくる。
君と僕、そして愛の物語
オ・ミンジ:ENHYPENのデビューアルバム『BORDER:DAY ONE』は、僕たち、君と僕(you and I)、そして愛に関するストーリーだ。「Intro:Walk the Line」、「Given-Taken」、「Outro:Cross the Line」で、アルバムの中の物語の主人公は、ナレーションの主語のように、僕たち、すなわち境界線の上で生き残った少年たちであり、「Let Me In(20 CUBE)」、「10 Months」、「Flicker」では続けて「僕」と「君」を歌詞に登場させ、愛について語る。「Intro:Walk the Line」でメンバーたちは、「世界がそこに僕らを刻んだから」立っていた境界線を、今は「僕たちのまぶしい夜明けを刻むために」歩き、タイトル曲「Given-Taken」では、シェイクスピアの「ハムレット」を連想させるいくつかの単語によって、「to be or not to be」という存在論的な問いが彼らの悩みとつながり、「与えられたか勝ち取ったかの間 証明の岐路の上 残された僕」を語る。歌詞の中の主人公が、自身が何をするべきか自覚し、自身の存在について悩むことは、現実で新人グループであるENHYPENの出発点と重なる。そして愛は、歌詞中の主人公はもちろん、ENHYPEN自身が境界を越え、世の中に適応させるきっかけだ。君の世界に入っていきたい僕が、「つっぱねないで受け入れて 僕を その場所で認めてほしい」と駄々をこねるように告白する「Let Me In(20 CUBE)」と、自分を成犬になった10ヶ月の子犬に例える「10 Months」を経る過程は、自身に対する悩みに苦しんでいた少年が、愛を通して世の中に適応し次第に明るくなっていく過程であり、ENHYPENがファンにアピールする姿勢でもある。そして「信号を送って 気づいてくれる君」を待っている自分を描いた「Flicker」は、前の2曲の中の「僕」と「君」が、運命とも似た関係だったことを示すという点で、主人公の過去や願いを描いているともいえる。「Flicker」がすでに「I-LAND」を通して公開済みだという点を考えれば、それは制作陣の意図とは別に興味深い部分だ。
『BORDER:DAY ONE』は、曲中の主人公が世の中に出て、恋愛をし、過去から続く自分の運命を自覚する。アルバム全体を通して悩んでいた足跡の終わりはどこに向かっているのか、「given or taken」のうちのどちらなのかという問いは、最後に線を越える(「Outro:Cross the Line)ことで、夜明けのような希望を待ちながら生きていく日々で終わる。このアルバムは、まるで存在しない映画のOSTのような構成であり、それはオーディション番組を通じてデビューし、すでに数ヶ月の間チームの物語を積み上げてきた現実のENHYPENともつながる。特に愛をテーマにした3曲が、ソネットの「thee」のように、特定の性別や身分で規定されない君に対する愛を歌い、「carved」、「運命の矢の雨」、「it must follow, as the night the day」のように、ところどころ引用されているシェイクスピアのソネットと戯曲「ハムレット」がENHYPENの物語とつながるという点は興味深い。古典の活用は、神秘的な存在である、アルバムの中のファンタジックな雰囲気と合うことはもちろん、今までENHYPENが歩んできた道を見渡すことができる、さまざまな解釈の枠を提供してくれる。新しい世界への歩み、根底にある悩みと恐れをさらけ出しているが、生と死が入り交じり、転覆したカーニバルのような日々を生きながら、それを克服していくこと(taken)。ENHYPENがアルバムの中で迎えた新しい世界の初日、境界線での悩み、愛する誰かについての話は、彼らが現実で経験する話でもあり、同世代の人たちが経験する、普遍的な悩みでもある。生と死、与えられることと勝ち取ることの境界で、与えられた日々を生きて行かなければならないこと。そして「Outro:Cross the Line」の最後の歌詞のように、「夢のない眠りから覚めたら 夢のような明日が始まりますように」と待つこと。そうしてこれから続くENHYPENのストーリーのファースト・シーズンが始まった。
オ・ミンジ:ENHYPENのデビューアルバム『BORDER:DAY ONE』は、僕たち、君と僕(you and I)、そして愛に関するストーリーだ。「Intro:Walk the Line」、「Given-Taken」、「Outro:Cross the Line」で、アルバムの中の物語の主人公は、ナレーションの主語のように、僕たち、すなわち境界線の上で生き残った少年たちであり、「Let Me In(20 CUBE)」、「10 Months」、「Flicker」では続けて「僕」と「君」を歌詞に登場させ、愛について語る。「Intro:Walk the Line」でメンバーたちは、「世界がそこに僕らを刻んだから」立っていた境界線を、今は「僕たちのまぶしい夜明けを刻むために」歩き、タイトル曲「Given-Taken」では、シェイクスピアの「ハムレット」を連想させるいくつかの単語によって、「to be or not to be」という存在論的な問いが彼らの悩みとつながり、「与えられたか勝ち取ったかの間 証明の岐路の上 残された僕」を語る。歌詞の中の主人公が、自身が何をするべきか自覚し、自身の存在について悩むことは、現実で新人グループであるENHYPENの出発点と重なる。そして愛は、歌詞中の主人公はもちろん、ENHYPEN自身が境界を越え、世の中に適応させるきっかけだ。君の世界に入っていきたい僕が、「つっぱねないで受け入れて 僕を その場所で認めてほしい」と駄々をこねるように告白する「Let Me In(20 CUBE)」と、自分を成犬になった10ヶ月の子犬に例える「10 Months」を経る過程は、自身に対する悩みに苦しんでいた少年が、愛を通して世の中に適応し次第に明るくなっていく過程であり、ENHYPENがファンにアピールする姿勢でもある。そして「信号を送って 気づいてくれる君」を待っている自分を描いた「Flicker」は、前の2曲の中の「僕」と「君」が、運命とも似た関係だったことを示すという点で、主人公の過去や願いを描いているともいえる。「Flicker」がすでに「I-LAND」を通して公開済みだという点を考えれば、それは制作陣の意図とは別に興味深い部分だ。
『BORDER:DAY ONE』は、曲中の主人公が世の中に出て、恋愛をし、過去から続く自分の運命を自覚する。アルバム全体を通して悩んでいた足跡の終わりはどこに向かっているのか、「given or taken」のうちのどちらなのかという問いは、最後に線を越える(「Outro:Cross the Line)ことで、夜明けのような希望を待ちながら生きていく日々で終わる。このアルバムは、まるで存在しない映画のOSTのような構成であり、それはオーディション番組を通じてデビューし、すでに数ヶ月の間チームの物語を積み上げてきた現実のENHYPENともつながる。特に愛をテーマにした3曲が、ソネットの「thee」のように、特定の性別や身分で規定されない君に対する愛を歌い、「carved」、「運命の矢の雨」、「it must follow, as the night the day」のように、ところどころ引用されているシェイクスピアのソネットと戯曲「ハムレット」がENHYPENの物語とつながるという点は興味深い。古典の活用は、神秘的な存在である、アルバムの中のファンタジックな雰囲気と合うことはもちろん、今までENHYPENが歩んできた道を見渡すことができる、さまざまな解釈の枠を提供してくれる。新しい世界への歩み、根底にある悩みと恐れをさらけ出しているが、生と死が入り交じり、転覆したカーニバルのような日々を生きながら、それを克服していくこと(taken)。ENHYPENがアルバムの中で迎えた新しい世界の初日、境界線での悩み、愛する誰かについての話は、彼らが現実で経験する話でもあり、同世代の人たちが経験する、普遍的な悩みでもある。生と死、与えられることと勝ち取ることの境界で、与えられた日々を生きて行かなければならないこと。そして「Outro:Cross the Line」の最後の歌詞のように、「夢のない眠りから覚めたら 夢のような明日が始まりますように」と待つこと。そうしてこれから続くENHYPENのストーリーのファースト・シーズンが始まった。
現実と相接する、ENHYPENの「ファンタジー」
イ・イェジン:デビュー・トレーラーからコンセプト・フォト、イントロ映像まで、ENHYPENのデビュー・プロモーションのコンテンツは、一貫してファンタジーと現実をクロスするENHYPENの姿を表現している。赤と黒が入り交じった暗い背景、それと対照的なメンバーの白いラッフル・シャツと、彼らの顔に降り注ぐ強烈な照明。ENHYPENのコンセプト・フォト「DUSK」は、鮮明な対比を通して、階段に敷かれたレッド・カーペットの上の王座を囲むENHYPENのメンバーたちに、視線を集中させる。一連の写真の中でメンバーの周りを囲む燭台とキャンドルとそこに灯る火、ティーカップ、グラスなどの古風な感性のオブジェは、クラシックなムードを作り出しており、ENHYPENが過去のある仮想の時空間にいることを示している。このように「DUSK」は、思い切った対比と、きらびやかな色づかいにより、非現実的な感覚を作り上げ、デビューの起点に立ったENHYPENの、王座に対する熱望をファンタジックに描写している。「王座」はデビューを前にしたENHYPENの現実とつながり、彼らが「デビュー以降に得ようとするもの」として表現されている。夕暮れ(DUSK)時が過ぎ、夜明け(DAWN)が来る時、ENHYPENが現代の青年の姿に変わり、おぼろげな未来を追い求め始める姿が、「DUSK」と完全に相反するコンセプト・フォト「DAWN」で描かれている。そこには、装飾された背景も、豪華な小道具も、過度な照明も、メンバーたちの華やかな衣装やきれいに整えられた姿もない。日が昇る頃、閑寂な平原に荒々しく乱れた7人の少年の姿があるだけだ。このように、コンセプト・フォト「DUSK」と「DAWN」は仮想と現実、二つの世界を象徴し、ENHYPENが二つの世界の境界を越えるであろうことを予告している。そして、デビュー・トレーラー「DUSK-DAWN」は、その世界観がヴァンパイアから始まることを教えてくれる。鬱蒼とした森の真ん中で、ヴァンパイアを連想させる怪しげな動きとともに、縮こまっていた姿勢から起き上がるENHYPEN。彼らが1カ所に集まり見上げる、夕暮れが深まりゆく空は、ENHYPENのデビューアルバム『BORDER:DAY ONE』の「Intro:Walk the Line」が照らす現実世界へと転換する。イントロ映像でずっと写っている水平線の上に日が昇ってまた沈む。その光と闇の境界線に立っている少年たちは、その境界線を「越える」のではなく、「歩いて行く」と表現する。光と闇、夕暮れ(DUSK)と夜明け(DAWN)が象徴するファンタジーと現実を同時に抱いて行くという、ENHYPENの野望だ。ヴァンパイアという古典のキャラクターが持つ永続性を、現実に反映しようとするような、そんな思い。タイトル曲「Given-Taken」で、「白い牙」と「赤い眼差し」を通して、「世界を覆し、自分自身を証明」したいと叫ぶ者は、ヴァンパイアなのか、ENHYPENなのかはわからない。だが、その実態が何なのかは重要ではない。なぜなら、二つの時空間の境界線を歩くと同時に、ファンタジーと現実を行き来しながら、ENHYPENは自分たちだけの成長物語を描いていくからである。ファンタジーを現実としてひとつにつなげるENHYPENの「ファンタジー」は、もう始まっている。
イ・イェジン:デビュー・トレーラーからコンセプト・フォト、イントロ映像まで、ENHYPENのデビュー・プロモーションのコンテンツは、一貫してファンタジーと現実をクロスするENHYPENの姿を表現している。赤と黒が入り交じった暗い背景、それと対照的なメンバーの白いラッフル・シャツと、彼らの顔に降り注ぐ強烈な照明。ENHYPENのコンセプト・フォト「DUSK」は、鮮明な対比を通して、階段に敷かれたレッド・カーペットの上の王座を囲むENHYPENのメンバーたちに、視線を集中させる。一連の写真の中でメンバーの周りを囲む燭台とキャンドルとそこに灯る火、ティーカップ、グラスなどの古風な感性のオブジェは、クラシックなムードを作り出しており、ENHYPENが過去のある仮想の時空間にいることを示している。このように「DUSK」は、思い切った対比と、きらびやかな色づかいにより、非現実的な感覚を作り上げ、デビューの起点に立ったENHYPENの、王座に対する熱望をファンタジックに描写している。「王座」はデビューを前にしたENHYPENの現実とつながり、彼らが「デビュー以降に得ようとするもの」として表現されている。夕暮れ(DUSK)時が過ぎ、夜明け(DAWN)が来る時、ENHYPENが現代の青年の姿に変わり、おぼろげな未来を追い求め始める姿が、「DUSK」と完全に相反するコンセプト・フォト「DAWN」で描かれている。そこには、装飾された背景も、豪華な小道具も、過度な照明も、メンバーたちの華やかな衣装やきれいに整えられた姿もない。日が昇る頃、閑寂な平原に荒々しく乱れた7人の少年の姿があるだけだ。このように、コンセプト・フォト「DUSK」と「DAWN」は仮想と現実、二つの世界を象徴し、ENHYPENが二つの世界の境界を越えるであろうことを予告している。そして、デビュー・トレーラー「DUSK-DAWN」は、その世界観がヴァンパイアから始まることを教えてくれる。鬱蒼とした森の真ん中で、ヴァンパイアを連想させる怪しげな動きとともに、縮こまっていた姿勢から起き上がるENHYPEN。彼らが1カ所に集まり見上げる、夕暮れが深まりゆく空は、ENHYPENのデビューアルバム『BORDER:DAY ONE』の「Intro:Walk the Line」が照らす現実世界へと転換する。イントロ映像でずっと写っている水平線の上に日が昇ってまた沈む。その光と闇の境界線に立っている少年たちは、その境界線を「越える」のではなく、「歩いて行く」と表現する。光と闇、夕暮れ(DUSK)と夜明け(DAWN)が象徴するファンタジーと現実を同時に抱いて行くという、ENHYPENの野望だ。ヴァンパイアという古典のキャラクターが持つ永続性を、現実に反映しようとするような、そんな思い。タイトル曲「Given-Taken」で、「白い牙」と「赤い眼差し」を通して、「世界を覆し、自分自身を証明」したいと叫ぶ者は、ヴァンパイアなのか、ENHYPENなのかはわからない。だが、その実態が何なのかは重要ではない。なぜなら、二つの時空間の境界線を歩くと同時に、ファンタジーと現実を行き来しながら、ENHYPENは自分たちだけの成長物語を描いていくからである。ファンタジーを現実としてひとつにつなげるENHYPENの「ファンタジー」は、もう始まっている。
文. カン・ミョンソク, オ・ミンジ, イ・イェジン
デザイン. チョン・ユリム
写真. BELIFT LAB
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無断転載及び再配布禁止
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