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文. オ・ミンジ、ナ・ウォンヨン(ポピュラー音楽評論家)、イム・スヨン(映画専門誌『シネ21』記者)
デザイン. チョン・ユリム

『ハルミョンス』(YouTubeチャンネル)

オ・ミンジ:「『無限挑戦』キッズSEVENTEENのVERNONとなにも知らず出てきたただのキッズTHE 8」。『ハルミョンス』の「105回 ファンミーティングするミョンス」編は、タイトルだけで約20分の内容が説明できる。「70年生まれLOOKBOOK」編のパク・ミョンスの衣装を着て、『無限挑戦』でのパク・ミョンスの名台詞をすらすら暗唱し、込み上げる思いを隠すこともできないまま、数百枚の写真を残している「ガチファン」VERNONと、その隣で興味がなさそうな目で座っているが、VERNONが思う存分写真が撮れるようにパク・ミョンスにフェイスチェーンを「着け」て、花びらを巻き散らす「特にファンではない人」THE 8がフレイムに入る度に、ファン活をしたことのある人、あるいはファン活をする友だちがいる人であれば、共感を抱くだろう。この時の彼らの率直さは、この回の最も大きな武器だ。好きな人の前で輝く目を隠しもせず思う存分「ファン心理」を見せるVERNONと、「もしかしたら今日来て、またチェックするかと思って」昨日『ハルミョンス』のチャンネル登録をしたと堂々と明かすTHE 8を見ると、こんなことまで考える。率直さが「武器」、あるいは「無礼」になる時代に、誰かを(さらには自分自身までも)軽んじることなく、誰も傷つけることのない率直さこそ、真の武器になり得ると。

「刹那(原題)」 - チョー・ヨンピル

ナ・ウォンヨン(ポピュラー音楽評論家):折しも同名のトラックで、チェ・ベクホは10年前から『再び道の上で(原題)』で聴かせてきた後年のスタイルを何よりも声に込めた。雄壮な弦楽編成の上に、「既に過ぎ去った刹那よ、私の永遠の刹那よ」を震えるように歌うのは、歳を取ることを経て、時間の進行を受け入れたという意味でもあるだろう。わずか数日後に発表されたもう一つの「刹那」は、避けることのできないその流れから、正反対に完全に錨を上げてしまったかのように時間を彩る。だからチョー・ヨンピルとチェ・ベクホが1950年生まれの同い年だと言っただろうか? 歌謡史の絶対的な定数値としての地位を占め、1980年代を生き抜く間、チョー・ヨンピルにはもしかしたら時間とは無関係になれる力が生まれたのかもしれない。当代のスタイルをことごとく「歌謡」としてまとめて創り出された電子的でデジタルなポップ・ロックサウンドが、適度に古くなっていき、スタジオ・アルバムと大規模公演会場の両方に効果的に適用される永久機関になったのだから。13年の間に14枚のフルアルバムを発売した、空前絶後の行進の終点だった1992年の『CHO YONG PIL』だけ見ても、そのサウンドは「孤独なRunner」として時間を受け入れた中年のスタイルに帰結していたが、「刹那」は、その頃がなかったかのように間隔を飛び越え、「この瞬間を永遠に美しい気持ちで未来を作る」1984〜85年の頃のチョー・ヨンピルに直接繋がる。「私ははっきりと覚えて」いるとまで言える、そのきらめく決定的な刹那が不滅であるかのように続き、分離された時空に自らを記録したチョー・ヨンピルは、広大な時間を臨みつぶやく。「きらめく君、崩れた私、幻想的な流れだ」。だがその永遠性についての幻想は、約10年前、何食わぬ顔で巧みに伝えた『Hello』という挨拶の言葉でも聴けたものではなかったか。時間がそのつなぎ目でいつからずれたのか。「頭の中がぶんぶん」、「目眩くらくら」、「今私はくらくらする、とてもくらくらする」。

『フクロウ(原題)』

イム・スヨン(映画専門誌『シネ21』記者):繊細な鍼治療と正確な診断で実力を認められ、宮廷に入った盲目の鍼師ギョンス(リュ・ジュンヨル)は、実は昼盲症患者であるため、夜になると目が見える。見たものも見なかったように沈黙を守って過ごさなければならない宮廷で、唯一盲目の彼だけが昭顕世子(キム・ソンチョル)の毒殺を目撃したという皮肉を主軸に、緊張感を高めていく。昼盲症という設定と真実の隠蔽を視覚的に繋げたビジュアルは、この映画を一つにまとめるしっかりとした土台となり、仁祖王(ユ・ヘジン)の危うい立場は、結局歪んだコンプレックスに繋がる政治的状況が説得力を持って描写され、出来の良いスリラー映画を完成する。要所要所で登場する予想外の展開は、この映画が素材にした仮説を推測する観客までも、「歴史がネタバレ」のスリラー映画に没入できるように助けてくれる。昭顕世子が清国から戻ってきていくらも経たずに、薬物による中毒のような姿で死んだという『朝鮮王朝実録』の記録をもとに、想像力を働かせた作品だ。