
『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』
ナム・ソヌ(映画専門誌『シネ21』記者):前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、ピーター・パーカー(トム・ホランド)の正体があらゆる人に知れ渡るところから始まった。反対に、『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』の冒頭では、ピーターを知る者は誰一人いない。凄惨な出来事の末に、唯一の家族はこの世を去り、親友や恋人も彼についての記憶を失ってしまう。喪失感は、時に仕事への没頭を促す。同級生たちが大学へ進学し、それぞれの未来へ踏み出していく中、ピーターだけは「スパイダーマン」としてニューヨークのビル街を飛び回る。
そんな彼の前に現れる悪役は、作品のもう一人の主人公と言っても過言ではない。映画『ザ・ホエール』やNetflixドラマ『ストレンジャー・シングス』で強烈な印象を残したセイディー・シンク扮する「あのキャラクター」は、ピーターの鏡像のような存在として描かれる。大きな力、似通った欠落、そして正反対の向き合い方。これをヒーロー映画によくある対比構造だと指摘してもいいだろう。長年ピーターを見守ってきた観客であれば、その対比が彼の本質と成長を余すことなく映し出していることに頷くはずだ。さらに、ピーターが「あのキャラクター」と束の間ながら心を通わせる場面は、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の新たな局面を予感させる。かつては大人たちの戦いに加わりたがっていた世間知らずの少年が、今では道を踏み外した悪役さえ仲間へと導けるようになった、と言えばいいだろうか。誰も自分のことを知らない世界でも、「自分に似た誰か」を見つけ出す力。それが、ピーターというヒーローをいっそう魅力的な存在にしている。親愛なる隣人の歩みによって、このユニバースはいっそう大きく広がっていくだろう。

『heavytalker』
オ・ミンジ:世間は、成人女性が「どう生きるべきか」を絶えず規定する。ダイエットやスキンケアなどのセルフケアを欠かさず続けているか。運動や勉強によって自分磨きに励んでいるか。キャリアを築き、賢く貯蓄しながら、恋愛もうまくこなしているか。その背景には、自分磨きも仕事も人間関係も、すべてを「うまく」こなせる大人であるべきだという期待が、あたかも当然のように存在している。
そんな中、『heavytalker(하말넘많)』は、こうした社会的な要請に積極的に反論することも、受け入れることもない。ただ、気の合う女性たちが集まり、日々をどのように過ごしているのかを映し出すだけだ。チャンネルのメンバーであるカン・ミンジとソ・ソル、そして編集担当のジャンニは、友人たちと一緒に暮らし、「仕事場ランチ」や旅行を楽しんだり、別の友人たちを招いて海鮮パーティーを開いたりする。東大門市場へ出かけてお気に入りのスクイーズを購入し、市場で旬の食材を手に入れて皆で豪華な食卓を囲む。朝活に挑戦して失敗したり、愛犬カロンと散歩に出かけ、犬とケンカしてしまうこともある。図書館で本を読んでいたかと思えば、コンビニに寄って食べたいものを好きなだけ買い込んで「皇帝定食」を作って食べることもあれば、方言やバラエティー番組、本、ドラマ、食べ物に至るまで、自分たちの好きなものなら何でもレビューする。
『heavytalker』の動画には、特別な成功体験や目覚ましい成果はほぼ登場しない。カン・ミンジとソ・ソルは、すべてを完璧にやり遂げるわけでも、やり遂げようとするわけでもない。ただ、気の合う友人たちと時間を過ごし、好きなことを楽しみ、失敗も笑い飛ばしながら毎日を生きている。つまり、『heavytalker』が描く女性たちの日々は、「こう生きるべきだ」という新たな指針ではない。むしろ、「こんなふうに生きてもいい」という、もう一つの選択肢だ。すべてを完璧にこなさなくても、常に頑張り続けなくても、十分楽しく生きていけるという可能性がそこにある。

キム・ドオン - 「Green and Pink」
ナ・ウォニョン(ポピュラー音楽批評家):音楽プロデューサー、キム・ドオンによる2ndフルアルバムからの先行リリース曲「Green and Pink」のミュージックビデオでは、六角形のような図形がリズムに合わせて規則的に動き続ける。『くるみ割り人形』の「行進曲」の冒頭を思わせるドラムマシンのリズムが軽快にステップを刻むと、なめらかなフレットレスベースが滑るように行進へ加わる。キム・ジェホがスライドで奏でる音色は、やがて押し寄せてくる多様な音に埋もれていく。前作『Damage』では、「自分で決めたわけではない記号でいっぱいのこの世界」(「Newbie」)を無数の電子音によって構築してみせたキム・ドオンは、本作でも輪郭や質感がはっきりした音のかけらを丹念に配置し、豊かなサウンドスケープを編み上げている。そのため、曲のすべての音を一度に受け止めようとすると、かえって過剰にも感じられるはずだ。シンセサイザーで打ち込み、サンプラーで切り取った無数の音が次々と加わり、サウンド全体が妖精のように絶えず姿を変えていくからだ。
それでも、一歩、また一歩と刻まれていくビートを辿っていけば、この賑やかな行進の中で繰り返される音の模様が見えてくる。例えば、韓国伝統楽器のサンプルの細部を擦弦楽器のように聞こえるかどうかという程度までぼかし、誰かが鼻歌を歌っているように響く音を思い浮かべてみよう。どれほど断片的であっても、具体的な声と明確な旋律がしっかり噛み合ったその音は、いつしか一つの独唱となり、他の断片とも結びついて一筋のメロディーになっていく。こうして耳を捉える個々の音は、『Damage』に参加したミュージシャンたちの個性的な声にも似ている。音楽ウェブマガジン『TONPLEIN』で指摘されたように、それらは音と音の境界を曖昧にし、何が「自然」で何が「人工」なのかを再考させるからだ。そして「Green and Pink」が新たに問い直すのは、点滅する一つひとつの音の連続性、つまり、今現れた音を、たった今消えた音の「続き」と見なすことができるのかだ。もしあなたが、現れたり消えたりする音の間を無意識のうちにつなぎ合わせることができたなら、この行進は、それぞれ異なる方法で生まれた無数の音が、一つの楽曲として成立する壮観を聴かせてくれるはずだ。
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